虎年の獅子座 日記帳
Tora-Doshi'no Shishiza's Diary


東証株券売買立会場、最期の日 執筆日 : 1999/04/30


 きょう、4月30日は、東京証券取引所における株券売買立会場の最期の1日となりました。来週からは、全ての"立会銘柄"もその名前が残るだけで、実際の売買は全てコンピューターを介した端末上で取引されることになります。
 実は、これまでも私達のような証券会社の場合、この2年ほどは、立会銘柄の99.99%以上は端末経由で売買していました。市場合理化が進んでいて、端末上での取引が既に可能だったのです。つまり、立会場が廃止されたからといって、日々の業務上は何も変わりません。
 しかし、証券マンとしての人生を場立ちの研修でスタートした私としては、やはり複雑な心境になっていることは否定できません。その辺を、本当に日記風につらづら書きたいと思います。

● きょう、本当は会社を休んだ事になっていたのですが、東証立会場最後の日ということで、支店長を始めとする東京支店の経営陣から案内を頼まれ、結局午後から出社しました。なんせ市場の事が分かってて、英語でそれを説明出来る人間が居なかったもので…(^_^;)。ということで、きょうはその立会場最後の日と"場立ち"という職業の最後の日について、色々と書いてみたいと思います。

● 私が証券会社に入った最初は、まず場立ちの研修から始まりました。当時はバブル経済真っ只中の"超"忙しい時期で、場立ちも完全に人手不足。研修とは言いながら、まともに他人に物事を教える暇のある先輩場立ちなどはおらず、最初に簡単に数字と売り買いの手振りのやり方を教えられた後は、基本的に他人の手振りを見てそれぞれの銘柄の手振りを覚える状態でした。

● もともと場立ちの世界は、多分に体育会系の世界です。高卒で入ってきた人間は18歳、19歳で元気盛り盛り。当時は大学卒だったとしても、ラグビー部だの相撲部だのの出身者が多く場立ちをやっていました。要するに「体力が必要な仕事」だったわけです(^_^;)。場中は当然のごとく立ちっぱなしですし、走り回り、押し合いへし合いしていると、かなり体力を使ったのも事実です。ただ人間の身体とは不思議なもので、立ちっぱなしが続くと意外に慣れてしまうのも事実でした。当時は、電車などでも座るよりも立っていた方が慣れていて楽でしたから(^_^;)。

● 私は大証の場立ちを経験しましたが、その後東京に来て、東証の手振りとかなり違う事を知りました。大証の手振りは、基本的に片手で全てのやり取りが出来ます。バイカイも注文も約定案内、そして会話もすべて片手で出来るようになっているのです。一方、東証は両手を使います。また数字の表示は、大証と東証では6以上が全然違っています。

● 大証方式では片手でやり取りするため、半身だけブースの周りの人垣に入れていれば全て出来ます。一方で、東証方式は両手を使う必要があるので、一度人垣に入ってバイカイを見たり注文を指したりして、その後人垣からいったん出て、そして手振りをするといういわば"二度手間"を強いられます。大証方式はその点、半身を人垣に入れたままで出来るので、中に入ったままバイカイ読みも発注も案内も全て出来て、とても合理的だと思いました。

● 当時は場立ちの数も半端ではなく、注文量も今とは比較にならないほど多くありました。東証では、混雑してくると場立ちは一列に順序良く並んで注文を指していましたが、大証では完全に"体力優先"と"がめつさ優先"の世界。強い者が優先される弱肉強食の世界でした(^_^;)。最初は「まぁ、早い者勝ちの世界やからしゃあない」と思っており、東証で場立ちがきれいに並んでいるのを見て、すごく感心した覚えがあります。大証であんな風に並んでいたら、「われ、何ちんたらやっとんねん。並んでサボっとる暇あったら、ハン取り(約定照合のこと)やらんかぇ!」というような怒声が飛んできたことでしょう(^_^;)。

● 当時、新人場立ちは"飛び込み部隊"として、殺気立って混乱している人垣の中に、注文伝票を握り締めて突入し、注文を指せるまでは出てこれなかったのです。混乱の中で場服が破れたり、鉛筆の先が刺さって出血したりなんてのは日常茶飯事。中には、人垣に押されてブースに押し付けられ過ぎて、肋骨にヒビが入った奴も居ました(^_^;)。場所取りのためには、午前8時前からブースの前の位置を陣取り、昼飯も食べず、最後まで同じ位置で頑張るのが、場立ちとして当然というムードもあったりしました。

● 私が場立ちをやっていて、一番印象に残っているのが、1987年10月のブラックマンデーの翌日。ブラックマンデー当日は、売り気配ばかりで値が付かなかったので、実は場立ちとしての仕事はあまりありませんでした。それにあまりにも証券会社に入って時間が経ってなく、ブラックマンデーがいかに大変な事かという認識も不足していました。当日は、たまに売り気配の株数の問い合わせが入るだけで、どうせ取引は成立しないとの諦めと見切りが市場関係者の間にありました。報道陣のカメラがフロアーに並び、そのケーブルがあちこちにあったので、それが気になったのが普段と違いましたけど…。

● 本当の地獄はその翌日。個人投資家から一斉に買い注文が出てきて、前代未聞の超多忙状態になりました。朝オフィスには前日分の注文が伝票として上がってきているのですが、それが通常の約5倍。普段は伝票の山が二つ程度あるのですが、朝出社してパッと見た途端、「ほんまかいやぁ〜。間に合うんかいな。やばいなぁ〜」と感じたのを今でも鮮明に覚えています。

● その後も寄付までに大量の注文がドンドン継続的にやってくる状態。寄付いた後は、さらに急激に注文が増えて、パニックを感じる暇も無くなってしまったのが現実でした。本当に物事に集中すると、周りの音も何も聞こえなくなりますが、当日はその状態が本当にピークに達した感じがしました。相場がどうなっていたかなど見る暇も余裕もなく、実は当日の相場については、ほとんど覚えていないのです。全てが終わった後で、相場が急反発したという事を知った、というのが正直なところでした。

● 当日の注文株数は平日の約3〜5倍程度でしたが、個人投資家の注文が多かった事で伝票数は通常の約20倍超。場立ちの仕事は、注文株数よりも注文件数に左右されるため、これまでに経験した事のないほど忙しくなりました。当日は成行注文でも発注から約定まで約1時間、その約定案内が返ってくるのは発注から2時間以上経ってから。しかも1000株の指値の注文などは、「ちょっと溜まるまで待っとけ!」と、後回しにされてしまう始末。指値訂正や取り消しは事実上処理する事が不可能で、新規注文優先でもこの状態でした。これは東証でも似たり寄ったりで、立会銘柄は多分東証の方が、さらに時間が掛かっていたと思います。当日は約定案内と入力が午後10時になっても終わらず、結局バッチ処理に問題が出るという事で、途中で打ち切ったほどでした。

● その後、事態は多少落ち着きを見せたのですが、約半年で新高値を回復した相場は、日本経済と一緒にバブルのピークへと駆け上がりました。その途中で、私は場立ちから店内での先物ディーラーへ異動し、東京に転勤し、そして一転して、バブル崩壊を経験することになりました。

● その後、日経平均オプションが始まる時に場立ち応援で大証に行ったり、オプション25の取引が名古屋証券取引所で始まった時にも応援で場立ちやったりしましたが、本当の記憶に残る場立ちの経験は、あの大証での貴重な体験でした。その大証は一足前に立会場を廃止しており、今は場立ちという人間はいません。全てコンピューターによるシステム売買となっています。そしてきょう、東証が立会場を廃止したという訳です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

● 実際にトレーディングを執行する立場から言えば、以前のように場立ちの手を介する立会銘柄というのは、非常にやっかいな存在でした。タイミング的にはどうしても遅くなるし、バイカイも分からない。商い出来たかどうかの連絡も、時として非常に遅れるなどの難点がありました。値動きを見て出来ているだろうと思っていても、実は出来ていなかったりすると、後でかなり問題になる事もありました。

● その点、コンピューターを介したシステム売買形式は、こういった難点がすべて解決されます。オフィスの情報端末に囲まれた環境の中から、端末を通じて発注し、約定結果もすぐに戻ってくる。これによる効率化と確実さは、いかに私が場立ちという存在に愛着を感じていても、その愛着を遥かに上回る利点があります。立会場の廃止と場立ちの消滅は、時代の要請でもあり、避けられないものだと考えています。

● 実は、取引所の中は意外に情報が乏しい場所でもあるのです。以前からそうでしたが、個別銘柄のバイカイや株価については情報が速いのは当然ですが、その他の一般ニュースや日経平均、TOPIX、為替動向などは、掲示板の隅っこに出ているだけで、各自の端末にはありません。その為もあって、実際は情報端末に囲まれた店内の方が、色々な意味で情報が速いのが現実です。ずっと以前は、こういった情報端末があまり発達してなく、人と人の結びつきで情報が流れるのが主流だったので、取引所で証券会社各社の人間が集まって、ヒューマンネットワークを形成することに、大きな意味合いがあったのです。しかし、そういった環境は情報機器の発達で大きく変化し、それとともに立会場の意義やメリットも少しずつ減少していたのが現実だったと思います。

● ただ、先週マーケットコメントに書いたように、電子化で人のつながりが失われるとの声はありますが、証券市場はそんなに"ヤワ"ではないと思っています。必要であれば、何らかの方法で新しいヒューマン・コネクションを作りつづけると思います。それがマーケットというものです。

● 実際、株価指数先物取引などは、システム取引が長いのですが、それで他社のディーラー連中を知らないかといわれれば、そんなことも無いのです。意外に知ってたりします(^_^;)。この辺が、証券業界の面白いところで、直接マーケットでは競合する人間同士でも、意外に"飲み会やります"なんてことになると、大勢集まってしまったりします(^O^)。こう言ったところで、マーケットを介したネットワークは機能し続けるのだと思います。立会場が廃止されたことで一時的に落ちこむ可能性はありますが、先物市場関係者と同じように、現物市場関係者のネットワークもすぐに回復、機能すると思います。

● さて、立会場の廃止で、来週以降の相場や日常業務に変化が生じるのでしょうか?答えは「NO」です。全く変化を感じないと思います。上記で書いたように、この2年弱の間に種々の合理化システムが運用に移され、実際問題として、立会場の必要性はなくなっていたのです。もともと立会銘柄は約150銘柄(現在は臨時措置で約180銘柄)に限定されていますし、それ以外の東証上場銘柄はずっと前からコンピューターを介した取引が実施されています。

● 現在では、証券会社にとっては"立会銘柄"と俗に言う"システム銘柄"の二種類があり、取引をする端末そのものが違います。立会場が廃止になっても、この二種類の端末を使用する状態には変化がありません。これらはいずれ統合される予定ですが、実際のところ、どの端末を使うかのみで"立会銘柄"と"システム銘柄"を区別していたに過ぎない状態でした。投資家から見た場合は、この差は全く見えないはずですし、今後も見えないはずです。

● 場立ちという職業が消えて無くなる事について、寂しさを感じないかと言われれば、やはり寂しさを感じてしまいます。特にあの独特の手振り、しぐさなど、証券会社独特のカルチャーだと思うし、これは残って欲しいとも思います。欧米の影響で、証券会社のことを投資銀行などと呼ぶ時代が来ていますが、私は証券会社のちゃらんぽらんさが好きで証券会社に入りました。銀行には行きたくなかったというのが正直な所です。場立ちというのは、その証券会社の証券会社たるカルチャーの一つです。消えて行くのは寂しく、この際ですから、東証などが何とか保存する努力をして欲しいなとも思います。

● ただ、お上に頼るのは結局、期待を裏切られます。かつて場立ちを経験した方々は、その経験をそれこそ人生の宝として、少なくとも個人個人で大事にしていって欲しいと思います。私はそうするつもりです。

 

この日記帳をお読みになり、何か御意見・御感想がございましたら、ぜひE-Mail下さい。
このホームページにて、ご発言のチャンスをご提供することを、お約束致します。

先頭に戻る

Top Index Page


Contact Me!
ご意見・ご感想はお気軽に《 tora_shishizaあっとyahoo.co.jp 》まで
("あっと"を"@"に置き換えてください)

© Copyright 1999 Tora-Doshi'no Shishiza, All Rights Reserved.


inserted by FC2 system